バトナージ(その9)

ヨウジ「いよいよ今日だな。エンタのルギアさま」
ヤライ「ああ。ついに俺たちの活躍が全国に流れる時がきたワケだ。
    これでは昂る気持ちを抑えられそうに無いな」
ヨウジ「それはいいけどよ。ミライとユウキ兄ィはどこにいんだ?
    もうすぐ放送が始まっちまうぜ?」
ヤライ「ミライなら入浴中。ユウキは買い物に出掛けたが、なかなか帰って来ないな。
    だが心配する必要は無いぞ。こんなこともあろうかと録画用のテープを購入してある」
ヨウジ「さすがだなヤライ兄ィ。抜け目がねェぜ。んで、そのテープは?」
ヤライ「それなら、すでに開封してビデオラックの中に……。――ん……?」
ヨウジ「どした? ……ってオイ! なんだよ、このテープの山は!?
    これじゃあ、どれが録画用のテープかわかんねェだろ!」
ヤライ「ぬぅ……。すぐに録画できるよう、開封しておいたのがアダになったか。
    ラベルを貼っていないテープが多すぎて見分けがつかんな」
ヨウジ「なに落ち着いてんだよ! 番組が始まるまで、あと15分しかねーんだぞ!?」
ヤライ「このままでは俺たちの栄光を記録に残せんな。急いで探すぞ! ヨウジ!」
ヨウジ「ったく……。少しでも兄貴に期待したオレがバカだったぜ……」
2008/06/18(水)
テレビ「さんねーんびーぐみー! ミラカドせんせー!」
ヨウジ「こいつは違う! 次だ、兄貴!」
ヤライ「ああ」

テレビ「今日は世界中のバネを皆さんにご紹介しま――」
ヨウジ「なんだこの番組は! 次!」
ヤライ「高確率でユウキの物だな」

テレビ「ソウマ! おまえは路地裏で残飯を食ったことがあるかッ!」
ヨウジ「ああもう、めんどくせェ!
    仕方ねェから、こっちの『オーキド博士のポケモン川柳』っつーテープに、
    録画しちまおうぜ!」
ヤライ「え……? ま、待てヨウジ! そのテープは――」
2008/06/18(水)
テレビ「ダズルくんの知らないこと、先生がいっぱい教えて・ア・ゲ・ル!」
ヨウジ「――ん……? 『アンリ先生のイケナイ個人授業』……?
    エロビデオじゃねーか! 紛らわしいことすんな!」
ヤライ「バ、バカやろう! 『オーキド博士のポケモン川柳』と書いておけば、
    ミライに気付かれずに済むだろ! 先人の知恵だ!」
ヨウジ「クソッ! あと5分しかねーのによ! こうなりゃこのまま録画してやらァ!」
ヤライ「ま、待ってくれ! それは気に入っているから、せめてこっちのテープに――」
ミライ「兄さんたち……?」
ヨウジ「ん……? ひッ……!? ――ミ、ミライ!?」
ヤライ「お、おお! もう上がったのか! 意外と早いな!」
ミライ「ええ……。――それより、なにかしら……? その番組……」
ヨウジ「え……? いや、こいつはその――」
ヤライ「か、顔が怖いぞミライ? おまえにそんな表情は似合わん!
    ほら! もっと笑うんだ! スマイル、スマイル!」
ミライ「へぇ……。2人とも、ずいぶんと楽しそうねぇ〜?」
ヤライ「お! いい感じだ! その笑顔を維持できれば人気アイドル間違いなし!
    なぁヨウジ?」
ヨウジ「お、おう! ミライが居ればオレたちゃあ、ぜってェ最高のスターに――」
ミライ「バカぁっ!!」
ヤ・ヨ「ひぃッ!?」
ミライ「さいってーっ! 近寄らないでっ!」
2008/06/18(水)
ユウキ「ただいま帰りましたー!
    ――ちょっと聞いてくださいよ、みんな!
    ポケモンセンターに行ったら、最強のポケモンが500円で手に入るとか言われたもので、
    話しを聞いたんですけど、どう考えても新手の詐欺で――」
ヤライ「……」

ユウキ「――あれ……? ヤライ兄さん……? ヨウジ……?
    どうしたんですか? 部屋の隅で体育座りなんかして」

ヨウジ「……ミライが……、もうクチきかねェってよ……」
2008/06/18(水)
ユウキ「兄さんとヨウジは油断しすぎですよ。
    ミライはもう年頃の女の子。デリケートなんですからね」
ヨウジ「なんつーか……。面目ねぇ。ユウキ兄ィ」
ヤライ「本当にすまなかった。
    あのような代物に手を出すのは俺たち男にとって珍しいことでは無い。
    だが、ミライにとっては嫌悪すべき対象なのだな。その点をもっとよく考えるべきだった」
ユウキ「とにかく、今日はミライと仲直りできるよう、何かプレゼントを購入しましょう」
ヨウジ「おう! そのために、こうして3人で外に出たんだもんな」
ヤライ「しかし、何を買えばいいのだ? 俺はそういった事に疎くてな」
ユウキ「ベタかもしれませんが、お花やケーキなどが基本でしょう。
ミノリさんと遊びに行ったときも、それらのプレゼントは好印象でした」

ヤライ「ん……? ミノリとは誰だ?」
ユウキ「兄さんがゴーゴー4の宣伝を頼んだ女の子ですけど……。
    まさか忘れたとか言いませんよね?」
ヤライ「え……? あ、いや! わ、忘れるわけが無いだろう! うん。覚えてるぞ!
    ミノリ、ミノリ……。いつも俺たちのライブに来てくれる少女だろう?」
ユウキ「ええ……。そうです……。――あの……。いま本気で忘れてたんじゃ――」
ヤライ「そ、そんなワケ無いだろう!
    おっ! それよりあそこにケーキ屋がある! ミライへのプレゼントはあそこで買おう!」
ヨウジ「ま、待てよ、ヤライ兄ィ! 置いてくなって!」
ユウキ「……」
2008/06/24(火)

ヤライ「――ええと……。ヒメリパイを2つ。それからチーゴショートも頼む」
ケーキ屋「はい! ありがとうございます!」

ユウキ「ミライ。喜んでくれるといいですね」
ヤライ「ああ。これで和解できるのであれば苦労も報われる」
ヨウジ「ま、こんどから気をつけようぜ。とくにヤライ兄ィはよ」
ヤライ「ハ、ハハハ……。そうだな。今回はミライに不快な思いをさせてしまった。
    これでは長男失格かもしれんな。本当に俺はダメな兄だ」
ユウキ「別にそこまでは――」
ヤライ「いいや。いま思い返せば、今回のミライの件だけではなく、
    俺はことあるごとに、おまえたちに迷惑を掛けてきた。
    冷静になってから考えてみたんだ。
    長男という立場に甘んじて横暴に振舞ってきた自分の存在を……」
ヨウジ「ヤライ兄ィ……?」

ヤライ「俺がおまえたち3人を引っ張らねば、という気持ちから、
    ついつい強引になりがちだったかもしれない。
    ゆえに自分の考えばかり優先し、おまえたちのことをないがしろにしていた。
    いけないよな。こんなことじゃ……。
    兄妹というのは互いの力を合わせて生きていかねばならないというのに……」
ユウキ「兄さん……」
2008/06/24(火)
ヤライ「本当にすまなかった。おまえたちが個々の人格を持つ人間だということを忘れ、
    尊大に振舞ってきた俺に兄としての資格は無い」
ユウキ「――そ……そんな……。そんなこと言わないでくださいよ、ヤライ兄さん!」
ヤライ「ユ、ユウキ……?」
ヨウジ「ったく……。湿っぽいのはキライなんだよな。
    オレァ1度だってヤライ兄ィに兄貴の資格が無いなんて思ったことはねェぞ」
ヤライ「ヨ、ヨウジ……。こんな俺のことを……兄だと認めてくれるのか……?」
ヨウジ「あたりめェだろ。オレたちの兄貴はこの世でたった1人。
    後にも先にもヤライ兄ィだけだ。代わりなんて誰にも務まらねェ」
ユウキ「そうですとも! 兄さんが居なければ僕たちは成り立ちません。
    ミライだって絶対にそう思っています。だって僕たちは血を分けた兄妹じゃないですか!」
ヤライ「お、おまえたち……。そこまで俺のことを……」
ユウキ「さぁ、兄さん。ケーキを持ってミライの元へ戻りましょう。
    『家』とは建物のことを示すのではありません。兄妹全員が集う場所のことを示すのです!」

ヤライ「うう……。ありがとう……。本当にありがとう……」
ヨウジ「ホラ。元気出せよ、ヤライ兄ィ。早く帰ってミライに謝ろうぜ」
ユウキ「そうしましょう。誠意を持って謝罪すれば必ず――」
ケーキ屋「あの……。お客様……」

ヤライ「ん……? あ、すまない。現金を出したまま品物を受け取っていなかったな」
ケーキ屋「いえ……。そうではなく、ケーキ代が不足していらっしゃるのですが……」
ユウキ「え……? こ、困りましたね……。これ以上は持ち合わせが無いし……」
ヤライ「落ち着け。俺に名案がある」
ヨウジ「あん? どうすんだ? カネがねェのに……」
ヤライ「まぁ、見ているがいい。――ケーキ屋。1つ尋ねたいことがあるのだが」
ケーキ屋「なんでしょうか?」

ヤライ「この辺りに小太鼓を買い取ってくれる店は無いか?」
ヨウジ「ぶっとばすぞ!!」
2008/06/24(火)