バトナージ(その7)

ミライ「お、応接室に通されたのはいいけど、緊張するわね」
ユウキ「ええ。なにぶんテレビ局に入るなんて始めての経験ですから」
ヤライ「お、落ち着け。兄妹たちよ! 浮き足立っては敵の思うツボだ!」
ヨウジ「ヤライ兄ィが落ち着けよ。戦いに来たワケじゃねェだろ」
ユウキ「シッ! プロデューサーさんが来たみたいですよ!」



怪しい男「はぁ〜い! お・ま・た・せ〜!」
ヨウジ「う……」
ヤライ「な、なんだ!? この濃厚な男は!?」
ミライ「ヤライ兄さん! しーッ!」
怪しい男「あら……? なにか言ったかしらん?」
ユウキ「いえいえ、なにも! ――と、ところで、もしや、あなたが?」
怪しい男「そうよん! アテクシが、プロデューサーのヒース。
    演出を担当するほか、自ら舞台に立ったりもしてるわん!
    あなたたちが、エリカちゃんの言ってたコたちね?」
ヨウジ「あ……、ああ……」
2008/05/31(土)
ヒース「あらぁ〜。どのコも、すんごくカワイイじゃな〜い。
    エリカちゃんが、ひいきにするのも判る気がするわぁ〜」
ユウキ「そ、それはどうも……」

ヨウジ「なぁ、なぁ。ちょっといいか?」
ユウキ「な、なんですか?」
ヨウジ「コイツ、本当にプロデューサーなのか? 怪しいってレベルじゃねェぞ!」
ミライ「き、きっと、こういうものなのよ、芸能界って!
    ホラ! ドラマとかアニメでも、こういう喋り方の業界人多いじゃない?」
ヤライ「い、いや。これはドラマでもアニメでも無いのだが……」
ユウキ「気にしたら負けですよ! ここは相手に合わせましょう!」

ヒース「ん〜……。決めたわ! あなたたち、明日の番組に出てちょうだい!」
ユウキ「え……?」
ヒース「夜の10時から放送してる、アテクシの番組。
    そこで新人として出演してもらえるかしら?」
ヤライ「――ば……番組って……。いきなりテレビ出演か!?」
ユウキ「う、嘘でしょう!? だって僕たち、初対面ですよ!? そんな都合の良い話しが――」
ヒース「ちっちっちっ。判ってないわねぇ……。エリカちゃんの紹介だからよ」
ミライ「エ、エリカさんの……?」
ヒース「ええ。――こう言うのも難だけど、
    本来なら、初対面であるあなたたちをテレビに出すのは気が引ける行いよ。
    でもね。他の追従を許さない、あのエリカちゃんが太鼓判を押したコたち――。
    思い切って出演させちゃう価値はあると思うの!」
2008/05/31(土)
ユウキ「に、兄さん……。これは……」
ヤライ「ああ……。どうやら俺たちは、エリカ嬢に、今まで以上の感謝をしなければならないようだ」
ミライ「そうね。まさか、こんなに早くテレビ出演の機会をもらえるなんて……」
ヨウジ「信じらんねェ……。夢みてェだ!」
ヒース「そう! あなたたちは、今、夢に向けての第一歩を踏み出したのよ!
    テレビという媒体に登場するということは、今まで以上に大きな責任に見舞われるというコト!
    だけどね! その困難を乗り越えてこそ、真のスーパースターになれるのよ!
    この、アテクシのように!」
ヨウジ「うおぉッ!! 最後の一行はともかく、冗談抜きで嬉しいぜ!」
ミライ「う……。グス……。兄さんたち……。ついに、このときが……」
ユウキ「ダ……ダメですよ、ミライ……。
    泣くのは、父さんからの仕送りを受けなくてもやっていけるようになってからです。
    ――あれ……? なんか……、目頭が熱くなって……。うう……」

ヤライ「本当に……、アンタとエリカ嬢には、なんと礼を言っていいやら……」
ヒース「気にしなくていいのよん! あなたたちなら、きっとスーパースターになれるわ!」
ヤライ「プ、プロデューサー……」
ヒース「もう! 一番上のお兄さんなんでしょ? 泣いたりしないの!
    ――それよりも明日の番組、しっかり頼むわよ!」
ヤライ「本当に……ありがとう!」
ヒース「うん! いいカオね! これが番組の資料よ! 受け取って!」
ヤライ「ああ!――ええと……、番組名は――」
ヒース「がんばってね! 『エンタのルギアさま』!」
ヨウジ「だから、お笑い芸人じゃねーよッ!!」
2008/05/31(土)


ヨウジ「おい、ヤライ兄ィ! ホントにやんのか?」
ヤライ「当然だ。テレビに出演できるなんて、またと無いチャンスなんだぞ」
ミライ「だけど、これはお笑い番組――」
ヤライ「それがどうかしたか?」
ユウキ「ど、どうかしましたよ! お笑い番組で普通のバンドなんて正気の沙汰じゃありません!」
ヨウジ「そうだ、そうだ! 血迷ったかヤライ兄ィ!」
ヤライ「バカ野郎! おまえたちは何も判ってない!」
ヨウジ「な……!?」

ヤライ「いいか? 俺たちはテレビ出演という大役を貰いはしたがプロではない!
    お情けで出させてもらっているという事実を忘れるな!」
ユウキ「お、お情けって、そんな言い方――」
ヤライ「それならば! 今さらこの番組への出演を断り、その後、俺たちに仕事が回ってくると思うか?」
ミライ「それは――」
ヤライ「思い上がるな! プロデューサーは俺たちの母親じゃない!
    仕事上の関係であるがゆえ、俺たちの面倒を見てくれているに過ぎないんだ!」
ユウキ「に、兄さん……」
ヤライ「与えられた職務をまっとうしろ!
    本気でプロを目指すつもりなら、こんなピンチ跳ね除けて見せろ!
    今のおまえたちは、アンソロジーに自分の漫画が掲載されただけで、
    『プロデビュー!』とか言っている同人作家と同じだッ!」

ヨウジ「――ヤ、ヤライ兄ィ……」
ミライ「ヤライ兄さん……。そこまでの情熱を持って……」
ヤライ「俺たちならできるさ。なんてったって、戦場においてなお演奏を続けることができたゴーゴー団だ。
    レンジャーどもの攻撃を掻い潜ってきた俺たちが、武器を持たない連中を恐れることはない!」
ヨウジ「そ……そうだよな! そうだよな、ヤライ兄ィ!」
ユウキ「笑いのセンスは完全な素人……。それでも、やらなければならないときがあるんですね!」
ヤライ「そのとおり! たとえ笑いが取れなくても、精一杯努力したという事実が大切なんだ!」
ミライ「わかったわ、ヤライ兄さん! 笑いが取れる可能性はゼロに等しいけれど、私、やってみる!」
ヤライ「よく言った! さすが自慢の妹だ!」
2008/06/09(月)
司会「続いては、フィオレ地方からはるばるやってきた新気鋭のお笑いバンド!
    演奏なら右に出るもの無しの4人組! ゴーゴー4−ッ!!」

ヤライ「行くぞ! 俺たちの出番だ! 観客たちに最高の演奏を届けようじゃないか!」
ヨウジ「おう!」



観客「ワァァァァッ!!」
ユウキ「す、凄い数ですね……。緊張します」
ヤライ「落ち着け。俺たちは自然体で居ればいい。普段と同じようにやればいいんだ」
ミライ「そ、そうね。笑わせるのは無理だけど、最高の音楽を聴かせましょ!」
ヨウジ「任せとけ! オレァ、いつだって最高の演奏を聴かせる自信がある!」
ヤライ「その意気だ! 笑いがなくても、俺たちの演奏は観客の心を必ず掴む! 構えろ! 兄妹たち!」
ヨウジ「よし、きた!」

観客「――あれ……? アイツ、バンドなのに小太鼓持ってるぞ! マジおもしれーッ!」
ヨウジ「これはウケ狙いじゃねーよッ!!」
2008/06/09(月)