部屋編その5(3部)

ヤライ「おはよう。――今日の食事当番はミライか」
ミライ「あ、ヤライ兄さん。もう大丈夫なの?」
ヤライ「ん? なにが? それより今日のメニューはなんだ?」
ミライ「も、もしかして覚えてないの?」
ヤライ「だからなにがだ? 話しが見えないぞ?」
ミライ「ヤライ兄さんってば昨夜、ふらふらの種っていう木の実を食べてそのまま――」
ヤライ「おお、今日は肉じゃがか! 家庭的でいいじゃないか!」
ミライ「あ、うん。
    本で見たんだけど、お鍋じゃなくてフライパンで作るやり方があったから試しに――」

テレビ「次のニュースは今話題のラッパー、イマクニ&レイモンドの――」

ヤライ「おはよう」
ユウキ「おはようございます」
ヨウジ「おーう」
ヤライ「なんだ、今日はヨウジまで早起きなのか」
ヨウジ「ヤライ兄ィがおせーんだよ。もうすぐ10時だぜ」
ヤライ「なんだと? もうそんな時間か」
ユウキ「昨夜の兄さんはかなり暴れてましたからね。疲れが溜まってたのでしょう」
ヨウジ「ヤライ兄ィをとめるのは、ほんっとーに骨が折れたぜ」
ヤライ「? ――ミライといいおまえたちといい、意味のわからないことを……。
    まぁ、いい。それよりも気になることがあるんだ」
ヨウジ「気になること?」
ヤライ「ああ。俺たちがこの部屋に閉じ込められている原因――光の壁についてだ」
ユウキ「光の壁に……ついて?」
ヤライ「いつも荷物を届けに来る配達員。あいつにも聞いてみようと思う」
ユウキ「聞いてみるって……何をですか?」
ヤライ「俺の話しを聞いてなかったのか? 光の壁のことについてだよ」

ヨウジ「な……、正気か兄貴!?」
ヤライ「無論だ」
ユウキ「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、ヤライ兄さん!
    あの光の壁を通り抜けることが出来ないのは僕たち4人だけ。
    そんなことを普通の人に尋ねても、訝しがられるのが関の山――」
ヤライ「思えば盲点だった」
ユウキ「え?」
ヤライ「この部屋を覆うように張られている光の壁。
    それを俺たちだけが通り抜けることが出来ないのは何故だ?」
ユウキ「そ、それはもちろん、僕たちの体に普通ではない何かが起きているからであって――」
ヤライ「そこだ。普通ならそう決め付けてしまうよな。俺も昨日まではそうだった」
ヨウジ「どういうこった?」
ヤライ「この不可解な現象に対し、俺たちは自分たちに異変が起きていると感じていた。
    しかしそれは思い込み。本当に異変が起きているのはあの配達員のほうだったということだ」
ユウキ「!! ――それはまた……、逆転の発想ですね……」
ヤライ「だが悪くはあるまい?」
ヨウジ「お、おいおい、オレだけ置いてきぼりってェのはナシだぜ。
    ちゃんとわかるように説明してくれよ」
ヤライ「つまりだ……。『俺たちが光の壁を通り抜けられないこと』が異常なのではない。
    あの配達員が『光の壁を通り抜けられること』が異常なんだ」
ヨウジ「な……!?」
ヤライ「思えば配達員がルービックキューブを届けにきた時点で気付くべきだった。
    俺たちは光の壁を通り抜けることが不可能。
    それにも関わらず自由に出入りしていた配達員は普通じゃない!」

ユウキ「――さ、さすがですヤライ兄さん……。たしかにそこは盲点でした。
    どうやら僕たちは現実を見据えてはいなかったようですね」
ヨウジ「驚いたぜヤライ兄ィ……。まさか名前も出てないキャラが鍵だったとは……」
ヤライ「そういうことだ。
    俺たちは最初に感じた『配達員になんて重要性は無いだろう』というイメージに囚われて
    この事件の本質が見えていなかったんだ」
ユウキ「なるほど。
    たしかに1度イメージが定着してしまうと、なかなか変えられなくなってしまうものですよね」
ヤライ「その通り。イメージに囚われるのは非常に愚かなことだ。
    こんな思い込みは2度と繰り返してはならない。
    とにかく、こんど配達員がやってきたらしっかりと問い詰めて――」

ミライ「おまたせー!」
ヨウジ「お、ミライ! 待ち焦がれたぜ!」
ユウキ「これは美味しそうな肉じゃがですねぇ」
ヨウジ「オレとヤライ兄ィは料理ができねぇから、ありがてェぜ」
ミライ「そう言ってもらえると作った甲斐があるわ。たくさんあるからドンドン食べてね!」
ヨウジ「おう! じゃあさっそく――って、あれ? オレの箸がねェぞ?」
ミライ「あ、ゴメン! すぐに取ってくる!」
ヤライ「いや、その必要はない」
ヨウジ「へ? なんでだ?」
ヤライ「だっておまえ、手づかみで食事を取りそうなイメージがあるじゃないか」
ヨウジ「イメージに囚われないって言ったばっかりだろッ!!」
2008/03/11(火)

配達員「こんばんはー! ラゴウ様からお届け者でーす!」
ユウキ「あ、夜分遅くにご苦労様です」
配達員「こちらに印鑑をお願いします」
ユウキ「はいはい、少し待っててください。
それにしても勤労意欲に溢れてますね。女性がこんな夜遅くまでお仕事なんて」
配達員「いえいえ、好きでやっていることですから」
ユウキ「そうですか……。――ところで、この近辺は他の配達員のかたが来られませんね?」
配達員「え……? あ、はい。ウチの会社の者でこちらを訪れるのは私だけだと思います」
ユウキ「ですよね。前から気になってはいたんです。あなた以外の方が訪れないことに……」
配達員「と、突然どうしたのですか……? 何か気になることでも――」
ユウキ「あなた……本当は配達業者の方ではありませんね?」
配達員「っ……!? な……な、な、な、何を根拠にそんな――」
ユウキ「分かり安いほどのうろたえっぷりですね……。
すでに怪しさも極まれりといったところですが……。それは今、確信に変わることでしょう!」
配達員「え? ス、スタイラー!? い、今それを使われたら――」
ユウキ「無駄です! すでに効果は表れ始めている!」
配達員「しまっ……! レディバ!」

ユウキ「ふぅ……。やはり……ドアの向こうにポケモンを潜ませていましたか」
ヤライ「よくやったぞ、ユウキ。手はず通りだな」
ヨウジ「あぁあっと! 緊張して息苦しかったぜェ!」
ミライ「隠れてるのって意外と疲れるわねー」

配達員「はぁ……。バレちゃい……ましたね……」

ヤライ「なるほどな……。謎の配達員の正体は紙吹雪要員だったというワケだ」
紙吹雪要員「はい……。今まで騙していてすみませんでした」
ユウキ「しかし、配達員に変装させてまで僕たちに物資を届けるなんて、
    父さんも手の込んだことをしますねぇ」
紙吹雪要員「それだけラゴウ様はあなたたちのことを大切に思ってらっしゃるということです」
ヨウジ「はーん……。オレたちをこんなところに閉じ込めたクセになぁ」
紙吹雪要員「ラゴウ様は早くあなたたちに一人前になってほしいという願いを込めて、
    この部屋で自炊する機会を与えて下さったんですよ」
ミライ「自炊って言っても、レディバに光の壁を張らせて密室にしてたから、
    買い物に行けなかったわよ?」
紙吹雪要員「そこは、まぁ……。ラゴウ様も、知らない土地での外出を心配されてましたので……」
ヨウジ「過保護な親父だ」
ヤライ「しかし、荷物を受け渡すのホンの一瞬だけ光の壁を解除するとは……。
    おまえもなかなかの策士だな?」
紙吹雪要員「いえいえ、お代官様ほどでは〜。フフフ」
ユウキ「しかし、光の壁はリフレクターと違い、打撃には弱いですから、
    全員で体当たりでもすれば破壊できたかもしれませんね」
ヤライ「うむ。気が動転していてそこまで気が回らなかった」
紙吹雪要員「でも、あなたたちはこうして突破口を見つけ出しました。
    これこそがラゴウ様の望んでおられる『兄妹で力を合わせる』ということなのです」
ユウキ「父さん……。ちゃんと僕たちのことを考えて……」
ヨウジ「親父……」

紙吹雪要員「――さてと……。それでは私はこの辺でおいとまさせていただきます」
ヤライ「もう行くのか? せっかく素顔を晒しての再会。せめて一緒に食事くらい――」
紙吹雪要員「お気持ちは嬉しいのですが、あなたたちが一人前になるまでなるべく接触を避けよ、
    とのラゴウ様からの言いつけがあります」
ヤライ「うぅむ。そうか……。それなら仕方がないな」
紙吹雪要員「これからも配達は私が続けますから、
    お会いすることが出来なくなるなどということはありません。ご心配なく。
    それでは――」
ミライ「待って!」
紙吹雪要員「?」
ミライ「あ、あの……。もし私が一人前になったら……。
    ――い、一緒にショッピングをしましょう!
    幹部と部下という関係としてじゃなくて……、お友達として!」

紙吹雪要員「それは――……はい。もちろんです」
ミライ「っ……! ――ぜ、絶対よ? 嘘ついたら針千本なんだから!」
紙吹雪要員「約束しますよ。二人でショッピング――。
    そのときは大人の女として、私がミライさんをエスコートしますからね?」
ミライ「の、望むところよ!」
紙吹雪要員「フフフ、楽しみにしていますね。
    ――それではこんどこそ失礼します」
ミライ「あ……」

ヨウジ「――行っちまったな」
ユウキ「ええ。だけどこれで疑問が晴れました。すべては父さんが仕組んだことだったんですね」
ヨウジ「ったく……。あの親父、こういうことするんなら一言声かけてくれりゃ――
    ん? ヤライ兄ィ。難しい顔してどうしたんだ?」

ヤライ「なるほど……。百合フラグか……」
ヨウジ「マジで空気読め!」
2008/03/12(水)

ヨウジ「おーい、ヤライ兄ィ。そろそろ出発――」
ヤライ「う……うう……、グスッ……」
ヨウジ「え? な、なに泣いてんだ!?」
ヤライ「い、いや……。ズズ……。これだよ……」
ヨウジ「テ、テレビ……?」

テレビ「たしかに私もおまえも、もう存在しているポケモンだ」
テレビ「ミュウ!」

ヨウジ「ア……アニメ?」
ヤライ「ああ……。ミュウツーの逆襲を……観てたら……、
目頭が熱くなるのを抑え切れなくて……」
ヨウジ「お、おいおい、映画で泣いてる奴を生で見るなんて初めてだぜ……」
ヤライ「なんだと……。こ、この感動が分からないなんて……うう……。
おまえは冷徹な人間なんだ……グス……。血も涙も無い弟だったんだな……」
ヨウジ「あ、いや、悪かった……。(なんでオレがそこまで言われなきゃならないんだ……)
    それよりも早く仕度しろよ。
    『せっかく外出ができるようになったんだから、みんなで遊びに行こう』って言ったのは、
    ヤライ兄ィだぜ? ユウキ兄ィとミライも外で待ってんだ」
ヤライ「あ、ああ……。だがあと少し猶予をくれ……。もうエンディングだから……」
ヨウジ「はぁ……。仕方ねェなぁ……」

テレビ「か〜ぜにた〜ずねら〜れ〜て〜。た〜ち〜ど〜ま〜る〜♪」
ヤライ「うう……グスッ……」
ヨウジ「ホラ、終わったぞ。とっとと準備してくれよ。
    言いだしっぺが約束の時間に遅れるなんて論外だろ?」
ヤライ「あ、ああ……そうだな……」
ヨウジ「ん? どこ行くんだよ? カバンならここに――」
ヤライ「ズズ……。ちょ、ちょっと待っててくれ……。
    グス……。『我ハココ二在リ』も観たくなった」
ヨウジ「いい加減にしろや!」
2008/03/13(木)